大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和23年(行)60号 判決

原告 吉田茂夫 外一名

被告 布施市農業委員会・国

主文

一、被告委員会に対する、政府買収の取消し、政府買収、公告、裁決、承認、買収令書の交付の各無効確認を求める原告らの訴え、別紙第一物件表(1)ないし(34)記載の土地に関する異議却下決定の無効確認を求める原告吉田茂夫の訴え、買収計画の取消しを求める原告青木健三の訴えをいずれも却下する。

二、被告国に対する、政府買収、買収計画の取消し、政府買収、買収計画、公告、異議却下決定、承認の無効確認を求める原告らの訴えをいずれも却下する。

三、原告吉田茂夫のその余の訴えのうち、別紙第一物件表(1)(3)(9)(10)(15)(31)記載の土地に関する部分をすべて却下する。

四、原告らのその余の請求を棄却する。

五、訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一、申立

(原告ら)

一、別紙第一物件表記載の土地につき布施市意岐部地区農地委員会が、同第二物件表記載の土地につき布施市楠根地区農地委員会がそれぞれ定めた買収計画及びこれにもとづいてなされた政府買収を取り消す。

二、前項の政府買収、買収計画、これに関する公告、異議却下決定、裁決、承認、買収令書の発行は、いずれも無効であることを確認する。

三、訴訟費用は各被告の負担とする。

との判決を求めた。

(被告ら)

本案前の申立として

一、本件訴えを却下する。

二、訴訟費用は原告らの負担とする。

本案につき

一、原告らの請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求めた。

第二、請求の原因

一(一)  別紙第一物件表記載の土地(以下「別紙 物件表記載の」を省略し、第一土地、第二土地あるいは第一の(1)の土地というように適宜略称する)は原告茂夫の所有であるところ、被告委員会の前身である布施市意岐部地区農地委員会(以下意岐部地区農地委という)は、右土地を自作農創設特別措置法(以下自創法という)三条一項一号の農地であるとして、第一の(1)ないし(34)の土地については第二回買収計画、同(35)の土地については第三回買収計画を定めた。

(二)  第二土地は原告健三の所有であるところ、被告委員会の前身である布施市楠根地区農地委員会(以下楠根地区農地委という)は、右土地を前記法条の農地であるとして、第二回買収計画を定めた。

(三)  右各買収計画は、その後公告、異議申立、その却下決定、訴願、その裁決の手続を経て、承認され、大阪府知事は、昭和二三年五月末頃原告茂夫に、昭和二二年一二月二三日頃原告健三に買収令書の交付をした。なお原告健三の裁決書受領の日は昭和二二年一〇月三〇日頃である。

二、しかし、右買収手続には次のような違法がある。

(実体上の違法)

(一) いわゆる死者買収である(原告茂夫関係)

第一土地の買収計画は、原告茂夫の先代吉田正四郎を右土地の所有者として定められた。しかし、同人は昭和一四年三月三一日に死亡しており、計画当時はその家督相続人である原告茂夫が右土地を所有していた。右計画は死者に対して定められた無効のものである。

なお、右土地の買収令書が吉田正四郎相続人吉田茂夫すなわち原告茂夫あてに発行されたことは認めるが、のちに手続上の違法の主張の(七)の点において述べるとおり、そのような買収令書は無効であり、これによつて右買収計画のかしが治ゆされるものではない。

(二) 農地あるいは小作地でない土地が含まれている。

第一土地の中には原告茂夫の自作地が含まれているし、第二土地の中には地目が田または畑であつても現況が宅地または工場敷地の土地が含まれている。

(三) 本件土地は、たとえ小作農地であるとしても、自創法五条五号により買収より除外すべき土地である。

(四) 原告らは不在地主でない。

原告茂夫が買収計画当時居住していた布施市足代町二丁目三四番地は、布施市長瀬地区に属してはいるが、布施市に長瀬、楠根、意岐部の三地区が設けられたのは昭和二一年一二月四日であり、同原告はこれらの地区設定前から同所に居住していた。またこの地区は農地調整法一七条の二の規定にもとづき設定されたもので、自創法四八条にいう地区農地委員会に該当しない。したがつて原告茂夫は不在地主ではない。

かりに右主張は理由がないとしても、原告らは意岐部地区または楠根地区に準ずる地域に居住していたから、不在地主ではない。

それゆえ、原告らを不在地主であるとして保有面積を残さなかつたのは違法である。

(五) 各土地の実面積は台帳面積より著しく広いのに、台帳面積によつて買収した。

(六) 対価が違法である。

特別価格による対価を定めなかつたのは違法であり、正当の補償をしたことにならない。

(手続上の違法)

(一) 買収計画

本件買収計画は、前記各地区農地委作成名義の買収計画書という文書で表示されている。しかし、同委員会に備えてある議事録によつても、右文書の内容と一致する決議のあつたことを明認しがたい。また右買収計画書には決議を要する買収計画事項の全部が完全には表明されていない。すなわち、右買収計画書は同委員会の決議にもとづき、かつ法定の内容を具備する適式の買収計画書と認めるに足りない。買収計画書は委員会という合議体の行政行為的意思を表示する文書であるから、買収計画書に委員会の特定具体的決議に基づいた旨の記載とその決議に関与した各委員の署名あることをその有効要件とするが、本件買収計画書には右の記載と署名がない。

(二) 公告

市町村農地委員会はその決議をもつて買収計画の公告という行政処分をしなければならない。この公告は買収計画という委員会の単独行為を相手方に告知する意思伝達の法律行為である。適法な公告があつてはじめて買収計画に対外的効力が生ずる。ところが、本件買収計画の公告は前記各農地委の決議にもとづいていない。それは、同委員会の公告ではなく、会長の単独行為であり、その専断に出たものである。また公告の内容は買収計画の告知公表であることを要するのに、本件公告は単にその縦覧期間とその場所を表示したにすぎず、自創法六条に定める公告としての要件を欠いている。

(三) 異議却下決定

これは買収計画に対する不服申立についての当該農地委員会の審判であるから、文書で表明され異議申立人に告知されることによつて効力を生ずる。ところが、原告らに送達された異議却下決定と一致する決議を前記各農地委がした証跡は右各委員会の議事録にもない。また、決定書は委員会の審判書といえる外形を備えておらず、委員会長の単独行為又は単独決定の通知書にしかすぎない。

(四) 裁決

大阪府農地委員会(以下府農地委という)が原告らの訴願について裁決の決議をした事実はあるが、この決議は裁決の主文についてのみ行なわれたにすぎず、主文を維持する理由についての審議を欠く。ゆえに裁決書の内容に一致する委員会の決議はなかつたというべく、裁決書は同委員会の意思を表示する文書ではない。また、裁決書は右委員会の会長である大阪府知事の名義で作成されているが、会長が訴願の審査と裁決の決議に関与しなかつたことは公知の事実である。ゆえに裁決書は委員会の裁決に関する意思を表示する文書とはいえない。裁決書を会長名義で作成することは法令上許されない。

(五) 承認

買収計画の承認は申請にもとづき、買収計画に関し検認許容を行なう行政上の認許で、行政行為的意思表示であり、行政処分たる性格を有する。買収計画はその公告によつて対外的効力を生じ、さらにこれに対する適法な承認によつてその効力が完成し、ここに確定力を生じて政府の内外に対し執行力を生ずる。ところで、本件買収計画に対しては適法な承認がない。府農地委が本件買収計画に対して法定の承認決議をした外形はあるが、その承認申請は前記各地区農地委の議決にもとづかないでなされたものであり、しかも右承認の決議は裁決の効力発生前になされたものであるから無効である。また、本件買収計画に対して承認の決議はあつたが、決議に一致する承認書が作成されておらず前記各地区農地委に対する送達告知もなされていない。すなわち適法な承認の現出告知を欠いており、承認という行政処分は存在しない。仮に右の決議をもつて承認と解しても、このような決議は法定の承認としての効力がない。

(六) 政府の買収

自創法による農地、宅地等の政府による買収は一種の公用徴収である。この政府の買収には広狭二義あり、狭義では買収を目的とする行政処分のみを意味し広義ではこの処分とその執行とを包含する。狭義の政府の買収に関しては、特定の行政庁において独立の文書でこれを表示することなく、広義の政府の買収に関しては、知事が買収令書なる文書を発行してこれを被買収者に交付し、または公告し、これによつて狭義の買収処分、すなわち行政処分を執行し、広義の買収、すなわち公用徴収を客観的に具現完遂する、そして狭義の買収は政府みずから行なわず、その買収権限を各農地委員会に委譲し、各委員会はその決議をもつて買収計画を確立してこれを公告し、異議訴願なる中間手続を経たのち、認可または承認により各買収計画の確定をみる。すなわち狭義の政府の買収は政府みずからの行政処分に属せず、政府から買収権限の委譲を受けた各委員会の行政処分に外ならない。そしてこの処分は買収計画に対する認可または承認が適法に行なわれ、その効力を生じたことによつて成立する。しかし法律はこの場合政府の買収の成立したことを外部に公表する独立の文書を要求しない。すなわち政府の買収に関しては、政府みずからもまた各委員会も独立した政府買収書なる文書を作成することを要しない。ゆえに政府の買収なるものは買収計画に対する認可または承認という外形的行為すなわち認可書または承認書が各委員会に送達せられたという法律事実の現出によつてその成立を確認すべきである。したがつて政府の買収の有効無効は究極するところ買収計画および買収手続の有効無効の判定である。買収計画ないし買収手続上の各行政処分のいずれかにかしがあり、無効であれば買収そのものも無効である。

(七) 買収令書の発行

政府の買収という行政処分は知事の買収令書の発行という行政処分により執行せられる。この買収令書が適法に交付または公告され、執行の効力が完全に生じたときに政府の買収という行政処分は完全に目的の達成をみる。すなわち広義の政府の買収は買収令書の適法な発行とその被買収者に対する適法な告知により客観的に具現し終局を告げる。この買収令書は具体的に言えば、認可または承認によりその確定力を生じた買収計画の執行処分に外ならない。右のとおり買収令書の発行は政府の買収という行政処分の執行であり、買収計画について適法有効な認可または承認のあつたことを先決要件とする。ゆえに(イ)買収令書に表示された買収要項が買収計画の内容と一致しない場合、(ロ)買収令書の発行が適法な認可または承認が効力を生ずる以前になされた場合、(ハ)買収令書が買収計画に定めた買収時期以後に発行された場合(この場合は買収計画の執行に該当しない)、(ニ)買収令書に誤記違算がある結果買収計画と内容を異にする場合(この場合は買収令書自体がその要素において無効である)は、いずれもその買収令書の発行は無効である。(ホ)また、第二土地の買収令書は、吉田正四郎相続人吉田茂夫あて、すなわち原告茂夫あてに発行されたが、実体上の違法に関する主張の(一)に述べたとおり、右土地の買収計画は右吉田正四郎を所有者として定められたのであるから、買収計画上の所有者でない原告茂夫あてに発行された右買収令書の発行は無効である。したがつて、本件土地についての政府の買収、買収計画、その公告、異議却下決定、裁決、買収計画の承認、買収令書の発行はすべて無効である。

三、よつて、右各処分の無効確認と、買収計画及び政府買収の取り消しを求める。

四、被告は本訴は出訴期間を徒過した不適法な訴えであると主張するが、本件買収計画ならびにこれにもとづく買収処分は前記のとおり無効の処分であるから、出訴期間徒過の問題を生じない。

かりに本訴も出訴期間の制限に服すべき訴えであるとしても、本訴は出訴期間内に提起した適法な訴えである。すなわち買収および買収手続上の各個の行政処分が公権私権をき損する場合には、被害者にその処分に対する異議権(広義の取消権)が生じ、この異議権を行使するために訴権が与えられる。行政訴訟の訴訟物はこの異議権であつて、買収土地の所有権でもなければ行政処分そのものでもない。そして出訴期間の起算点は訴権の行使が可能となつた時である。訴権は右異議権成立後その権利の保護の必要が生じた時から活動する。この時が訴権行使の始期であり、したがつて出訴期間の起算点とすべきである。買収計画は承認によつて完成し執行力を生ずる。ゆえに買収計画に対する異議権は承認の時に発生する。買収計画に対する不服の出訴期間は承認という行政処分が適法に成立したうえ、異議権利者がこれを知つた時をもつてその起算点とすべきである。また政府の買収という行政処分は買収令書の発行という外形事実によつてその客観性を具現する。買収令書発行の形式のもとにその表示をみ、こゝに成立するものであるから、政府の買収に対する不服の訴えは、買収令書の発行を知つた時、すなわち買収令書の交付または公告の日から起算すべきである。本訴が出訴期間内に提起した適法な訴えであることは右によつて明らかである。

第三、被告らの答弁ならびに主張

(本案前の主張)

一、被告国には本訴の被告適格がない

行政処分取消訴訟は処分をした行政庁を被告としてこれを提起しなければならない。このことは法の明定するところである。行政処分無効確認訴訟も行政処分の違法を争うものであるから、同様に攻撃しようとする各処分の処分庁を被告とすべきである。それゆえ本件訴え中被告国に対するものは、すべて被告を誤つた不適法な訴えである。

二、買収計画取消しの訴えは、出訴期間経過後に提起されている。

(一) 意岐部地区農地委は、原告茂夫所有の第一の(1)ないし(34)の各土地について、昭和二二年四月二八日第二回買収計画を定め、同月三〇日その旨公告して、同年五月一日から一〇日間縦覧に供した。これに対して同原告は異議の申立をしたが、法定期間経過後であつたので、同地区農地委はこれを受理しなかつた。しかし同原告は同年六月八日さらに訴願をしたので府農地委は同月二五日棄却の裁決をした。

同地区農地委は、原告茂夫所有の第一の(35)の土地について、昭和二二年七月二〇日第三回買収計画を定め、同月二二日その旨公告して、同月二四日から一〇日間縦覧に供した。同原告は同年八月二日異議の申立をしたので、同地区農地委は同月五日これを却下した。同原告はさらに訴願したが、府農地委は同年九月二二日棄却の裁決をした。

楠根地区農地委は、原告健三所有の第二土地について昭和二二年四月三〇日第二回買収計画を定め、同日その旨公告して同年五月一日から一〇日間縦覧に供した。同原告は同月二六日異議の申立をしたので、同地区農地委は同年六月五日これを却下した。同原告は同月九日さらに訴願をしたが、府農地委は同月二五日棄却の裁決をした。この裁決書は同年一〇月三〇日発送され、その頃同原告に到達した。

原告らは右異議の申立をしたときには買収計画を知つていたはずであるから、その取消訴訟の出訴期間はおそくとも同日から起算すべきである。したがつて、昭和二二年法律第二四一号自作農創設特別措置法の一部を改正する法律附則七条一項により同法施行の日である昭和二二年一二月二六日から一箇月以内にこれを提起しなければならない。右施行日の二箇月後である昭和二三年二月二六日を経過したことにより、原告らは同法による改正後の自創法四七条の二、一項但書の期間さえ徒過したのであるから、どのような事情があつたとしても、右訴えは出訴期間経過後の不適法なものである。

(二) 原告らは、本件訴訟の目的とする土地を、訴状においては単に原告茂夫所有地布施市荒本一二九七番地、田、三畝二八歩(注、第一の(1)の土地)、外二五筆、同市高井田東三丁目七番地、田、二反一畝一三歩(注、第一の(35)の土地)、外二筆、原告健三所有地布施市長田六五六番地、畑、八畝五歩(注、第二の(1)の土地)、外一四筆と表示したのみであり、昭和二三年一一月一六日付及び昭和三〇年三月五日付の各準備書面添付の物件表により、はじめて本件訴訟の目的となる土地が別紙第一、第二物件表記載のとおりであることを具体的に明らかにしたのである。しかし、自創法による買収は、原告らの所有する数個の農地を一団のものとして買収するのではなく、数個の土地について各個各別にそれぞれ独立して買収するのであるから、買収計画取消の訴えは、訴訟の目的とする農地を具体的個別的に特定して提起しなければならない。右訴状の記載によると、第一の(1)、(35)、第二の(1)の各土地について訴えが提起されたことは明らかであるが、その余の土地については具体的な記載がないから、右訴状によつては訴えの提起がなかつたに帰する。そして、のちになされた物件の表示の追完は訴えの客観的併合にほかならないから、適法な出訴期間内に追完されない限り、追完された土地の買収計画取消しの訴えは却下されるべきである。本件の場合、たとえ訴状提出の日が出訴期間内であつたとしても、右物件の表示の追完の日が出訴期間経過後であることは明らかであるから、前記三筆の土地を除くその余の土地の買収計画取消の訴えは不適法である。

三、第一の(1)(3)(9)(10)(15)(31)の土地については、すでに買収計画および買収令書を取り消した。

右土地の買収手続には対価の計算に誤りがあつたので、布施市意岐部農業委員会において、大阪府知事の確認および大阪府農業委員会の承認をえたうえ、昭和二七年二月八日右土地の買収計画を取り消す旨の決議をなし、同月九日その旨公告した。同知事は同月五日右土地の買収令書を取り消し、その頃原告茂夫に通知した。

したがつて、右土地に関する原告茂夫の訴えはその利益がないから不適法である。

(本案の答弁ならびに主張)

一、原告ら主張一の事実は認める。ただし原告茂夫の第二回買収計画に対する異議の申立は、期間経過後の申立であつたため受理しておらず、これに対する決定もしていない。

二、同二の実体上の違法の主張について

(一)の事実は認めるが、計画当時第一土地の不動産登記簿上の所有名義人は吉田正四郎であつたし、買収令書には名宛人として吉田正四郎相続人吉田茂夫(原告茂夫)と記載しているから、右土地の買収計画は取り消されるべきでない。

(二)の事実は否認する。本件土地はいずれも小作農地であり、その耕作関係は別紙小作関係一覧表記載のとおりである。

(三)の事実も否認する。

(四)の事実のうち、布施市に農地調整法一七条の二の規定にもとづき長瀬、楠根、意岐部の三地区が設けられ、本件買収計画当時、原告茂夫が右長瀬地区内にある同原告主張の住所に居住していたことは認めるが、その余の事実は否認する。右三地区は昭和二一年一二月九日に設定され、同月二〇日大阪府告示第六二四号をもつて告示され、同月一五日その区域の一部が変更され、昭和二二年四月一六日大阪府告示第二〇一号をもつてその旨告示されて、本件計画当時に至つていたものである。

(五)及び(六)の原告らの主張は、結局において対価の額を争うに帰するから、自創法一四条の訴えにより主張すべきものであり、買収計画ないしは買収令書の取消原因とならない。

三、同二の手続上の違法の主張について

(一) 買収計画について

原告らのいう買収計画書が縦覧書類以外のものであるとすれば、法はそのような文書の作成を要求していないから、原告らの主張は法令上根拠がない。もし縦覧書類を意味するとすれば、自創法六条五項所定の縦覧書類の記載事項は、同条二項の議決内容に包含されるから、その議決があれば当然縦覧書類の記載事項についても議決したことになり、本件買収計画の内容に原告ら主張のようなかしはない。かりに議事録の記載からはそのような議決のあつたことが明らかでないとしても、議事録は一つの証拠方法にすぎないから、これによつて右議決がなかつたとすることはできないし、買収計画にかしがあるともいえない。また縦覧書類に自創法六条五項に掲げる以外の事項の記載あるいは各委員の署名等をすることは法の要求するところではない。本件の書類の縦覧は、同法条掲記の事項をすべて記載した書面でなされており、その表紙には前記各地区農地委の名称とその買収計画書である旨の記載もなされているのであつて、その記載事項にかしはない。

(二) 公告について

公告は書類の縦覧とあいまつて買収計画の表示行為をなすものである。自創法六条五項は、買収計画を定める議決をしたときは必ず公告をするように命じており、公告をするかどうかについてさらに議決する余地はないから、そのような議決をする必要はない。この公告は、買収計画を定めた農地委員会の代表機関である会長がなすべきものであり、その公告は当然委員会の公告としての効力をもつ。本件公告は、特段の議決を経ずに会長名義でなされたが、前記各地区農地委の公告として適法なものであり、会長の専断にでたものでも、その単独行為でもない。次に、買収計画の内容は縦覧書類により明らかにされるのであるから、公告には買収計画を定めた旨を表示すれば足り、その内容を表示する要はない。本件公告は、買収計画を定めた旨を記載したほか、併せて書類の縦覧の場所と期間をも記載した書面によりなされているのであつて、その記載事項にかしはない。

(三) 異議却下決定について

前記各地区農地委は、原告らの異議の申立(ただし原告茂夫の第二回買収計画に対するものを除く)について、その理由があるかどうか、これを認容すべきかどうかを審議して、原告らに送達した決定書と同一内容の議決をし、これにもとづいて本件異議却下決定書を作成した。なお、右議決の有無とその内容は議事録のみによつて証明する要はない。次に、決定書の記載事項として法は理由を付した文書によることを要求しているのみであるから(訴願法一四条)、判決のようにこれに関与した者が署名押印する要はない。決定書の作成、送達は決定の表示行為であるから、公告と同様、市町村農地委員会の代表機関である会長が自己名義でなすべきであり、会長名義でなされたときは当然その農地委員会の行為としての効力をもつ。本件決定書の原本及び謄本は会長がその名義で作成し、これを原告らに送達したが、前記各地区農地委の決定書ならびにその送達として適法であり、会長の単独行為ないし単独決定の通知ではない。

(四) 裁決について

府農地委においては、訴願を受理すると、訴願書に記載された訴願人の主張その他について、委員会が直接に、あるいは数名の委員で組織する小委員会に付託して調査させその報告にもとづいて、これを審議し、右主張等に対する判断及び訴願を認容すべきか否かを議決し、これにもとづいて裁決書を作成してその謄本を訴願人に送付している。本件の場合も右の手続を経て処理しているから、府農地委は原告らに送達した裁決書の理由の部分についても審議し、これと一致する議決をしている。本件裁決書は府農地委の会長(大阪府知事)名義で作成しているが、その適法なことは異議却下決定について述べたところと同一である。会長は、会議の議長としてではなく、府農地委の代表機関としての資格にもとづいてこれを作成するのであるから、裁決書は、たとえ会長が会議に出席しなかつたときでも、会長が作成すべきものである。

(五) 承認について

承認は府農地委が市町村農地委員会の定めた買収計画にかしがないかどうかを審査する行政庁内部における自省作用であり、当該行政庁が何びとの意思にも拘束されず、自発的になしうるものであるから、性質上申請を必要としない。従つて、申請が承認の有効要件であることを前提とする原告らの主張は理由がない。

かりにそうでないとしても、自創法八条所定の要件をそなえたときは、市町村農地委員会は必ず承認を受けなければならないのであるから、委員会の代表機関である会長は、特段の議決を経ることなく、自己の名義で承認の申請をすることができる。その時期は承認前になされれば足り、訴願の裁決前であつても適法である。

承認の時期については、自創法八条が裁決のあつた後になすべきことを明らかにしているが、右にいう裁決があつたときとは、承認が行政庁相互間の対内的行為であることからみて、買収計画が行政上の不服申立により争えなくなつたことが行政庁内部で明らかになつたとき、すなわち裁決の議決があつたときと解すべきであつて、裁決書謄本の送達後であることを要しない。従つて承認が裁決書送達後でなければならないことを前提とする原告らの主張は理由がない。次に、承認は議決のみによつてその唯一の効力である買収令書交付の要件として効力を生じ、これを市町村農地委員会に通知することを要しない。かりに要するとしても書面(承認書)による必要はない。行政実例では、本件の場合と同様会長名義の承認書を作成し、これを市町村農地委員会に送付しているが、これは買収計画にもとづいて買収令書が発行されるかどうかを知らせるための行政庁内部の事務連絡にすぎない。

(六) 買収令書の発行について

(イ) 本件買収令書と買収計画を対照すると、買収令書には、買収計画書の記載事項のほかに、対価について、現金払の金額と農地証券払の金額、支払の時期及び場所が記載されている。原告らはこの点をとらえて買収計画と買収令書が一致しないと主張するもののようである。しかし、自創法六条二項及び五項と九条二項、ならびに同法六条三項と四三条を対比すると、同法が、買収の対価の額は買収計画において定め、その支払の方法、時期、場所は買収令書交付のときに、国の財政、予算、物価の動向、被買収者の便宜等を考慮し、都道府県知事が政府の指示にもとづいて定めることとしているのは明らかである。それゆえ買収令書に対価支払の方法、時期、場所を定めたのは当然であつて、買収計画と一致しないとの原告らの主張は理由がない。

(ロ) 承認は前記(五)に述べたとおり承認の議決があつたときにその効力を生ずる。かりに承認書が市町村農地委員会に到達したときに生ずるとしても本件買収令書は本件承認書が前記各地区農地委に到達したのちに原告らに交付されているから、いずれにしても承認の効力発生後に交付されたことにかわりはない。

(ハ) 自創法には、土地収用法九五条、一〇〇条、農地法一三条一項、三項のような趣旨の規定がなく、単に買収令書に記載した買収の時期に買収の効果が発生する旨を規定するのみであるから(一二条一項)、自創法の買収の時期は政府が当該農地の所有権を取得する時期にすぎない。それは買収令書交付の終期でも、政府の買収権の消滅時期でもなく、買収の時期までに買収令書を交付することは買収の効力発生要件ではない。自創法による買収にあつては、買収の時期は買収計画において定められ、公告及び書類の縦覧によつて買収手続の頭初から公表され、利害関係人において知りうる状態におかれているのであるから、たとえ買収令書が買収の時期以後に交付されたとしても、利害関係人に不測の物権変動が生じるものでもないのである。

第四、証拠〈省略〉

理由

(本案前の判断)

一、政府買収の取消し及び無効確認を求める原告らの訴えについて

自創法は、買収計画、買収処分(買収令書の交付)等の農地買収手続上の個々の処分のほかに、原告らがいうような包括的な概念としての政府買収を独立の行政処分として認めているとは解せられないし、買収手続により権利を侵害された者はこれらの個々の手続を訴えの対象として救済を受けることができるのであるから、原告らのいう政府買収をことさら訴えの対象とする必要も利益もない。右訴えは行政訴訟の対象とならないものを対象とした不適法な訴えである。

二、公告及び承認の無効確認を求める原告らの訴えについて

公告は買収計画の表示行為にすぎず、承認は行政庁の内部的行為にすぎないから、いずれも行政訴訟の対象となる行政処分ではなく、右訴えは不適法である。

三、被告国との間で買収計画の取消しを求める原告らの訴えについて

被告国は買収計画の処分庁ではないから、右訴えは被告を誤つた不適法な訴えである。

四、被告委員会との間で買収計画の取消しを求める原告らの訴えについて

(一)  原告茂夫の右訴えについて

(1) 被告らの本案前の主張二の(一)の点について

行政事件訴訟特例法施行前に提起された買収計画取消しの訴えであつても、異議訴願を経たときの出訴期間は訴願の裁決を知つた日から起算すべきである(最高裁昭和二七年九月二六日判決、民集六巻八号七三三頁)。成立に争いのない乙四号証によると第一の(1)ないし(34)の土地については法定の異議申立期間内にその申立のなかつたことが明らかであるが、右証拠と成立に争いのない甲三号証、乙五、六号証によると、意岐部地区農地委は、法定期間経過後に原告茂夫から異議申立書の送付があつたため、昭和二二年五月二八日期間経過後の申立であることを理由に右申立書を同原告に返送したのであるが(右返送を異議却下決定とみるべきことはのちに述べるとおりである)、これに対し同年六月八日同原告が訴願を提起したところ、府農地委はこれを不適法として却下することなく、その実体について審理したうえ同月二五日右訴願を棄却する旨の裁決をしたことが認められる。このように、たとえ適法な異議申立の手続を経ていないときでも、訴願庁において適法な訴願があつたものとして実体についての判断を与えた以上、右裁決に対する出訴期間内はその取消しを求めることにより実質において買収計画の取消しを求めうることにはかわりがないのであるから、このような場合の買収計画取消訴訟の出訴期間も、適法な異議手続を経たときと別異に解すべきではない。

そして、第一土地の第二回及び第三回買収の買収令書が本訴提起後の昭和二三年五月末頃ようやく同原告に交付されたことは当事者間に争いのないところであるから、他に特段の事情の認められない本件の場合、その訴願裁決書も本訴提起の一箇月前よりのちに至つてから同原告に送達されたものと推認するほかはない。すると、同原告は右送達のときに本件裁決を知つたものというべきであるから、本訴は自創法四七条の二、一項本文所定の出訴期間内に提起されたものであることが明らかである。

(2) 被告らの本案前の主張二の(二)の点について

第一の(35)の土地については、訴状にその所在、地番、地目、面積が明記されているから、右土地が訴え提起のときから本訴の対象となつていたことは明かである。

第一の(1)ないし(34)の土地については、訴状では単に布施市荒本一二九七番地田三畝二八歩、外二五筆と記載されていたのみで、同原告は昭和二三年一一月一六日付準備書面(同日午後一時の口頭弁論期日において陳述)に添付の物件表においてその一部を特定したが、右物件表には落丁があつたため、昭和三〇年三月五日付準備書面(同年四月二三日午前一〇時の口頭弁論期日において一部訂正のうえ陳述)添付の物件表によつてようやく別紙第一物件表の(1)ないし(34)記載のとおり各土地の所在、地番、地目、面積を明らかにして、これを特定したものであることは記録上明白である。しかし、訴状に外何筆と表示されていた土地も、訴えの提起がなかつたとはいえず、ただその特定の方法が十分でないというにすぎないから、口頭弁論終結のときまでにこれを特定した以上、訴状提出のときからその土地についても適法に訴えが提起されていたものとみるべきである。本件では訴状記載の筆数と補正された物件表記載の筆数が相違しているが、前示乙五号証、文書の方式及び趣旨により真正に成立したと認められる乙二号証ならびに弁論の全趣旨によると、第一の(1)ないし(34)の土地は原告茂夫の所有土地のうち第二回買収計画の対象となつたもの全部と一致しており、同原告はそのすべてについて異議、訴願をしてこれに不服をとなえてきていたことが認められ、右事実ならびに同原告が本訴において最初に物件表を添付した前示昭和二三年一一月一六日付準備書面にも訴状と同じ筆数が記載されており、物件表の筆数と一致していなかつたことに徴すると、訴状に外二五筆と記載したのは明らかに誤記したものであると認められ、同原告は本訴提起のときから第一の(1)ないし(34)の土地を訴訟の対象としていたものとみるのが相当である。被告らの右主張は採用できない。

(二)  原告健一の右訴えについて

原告健一が本件裁決書を昭和二二年一〇月三〇日に受領したことは当事者間に争いがない。従つて、昭和二三年三月二一日に提起された右訴えが出訴期間経過後に提起された不適法なものであることは、その余の点について判断するまでもなく、明らかである。

五、被告国との間で買収計画及び異議却下決定の無効確認を求める原告らの訴えについて

買収計画及び異議却下決定の処分庁の承継人である被告委員会のほかに、国を同時にその無効確認訴訟の被告とすることは、手続の混乱をまねくばかりで、その必要も利益もないことであるから、行政事件訴訟特例法三条の趣旨とするところにかんがみ、被告国に対する右訴えは不適法として排斥されるべきものと解するのが相当である。

六、被告委員会との間で第二回買収計画の異議却下決定の無効確認を求める原告茂夫の訴えについて

被告らは、第一の(1)ないし(34)の土地について定めた第二回買収計画に対する原告茂夫の異議の申立は法定期間経過後の申立であつたからこれを受理しなかつたと主張する。そして、同原告から適法な期間内に異議の申立がなく、その経過後になつてその申立書が意岐部地区農地委に送付されたが、同農地委においてこれを同原告に返送したことは前示のとおりである。しかしながら、右返送の際、これに右申立書を添付して同原告に送付された「異議申立ニ対スル回答」と題する書(前示乙四号証)には、縦覧期間もすでに終了し、同地区農地委における買収事務も終了したから、同原告の異議申立書を受理し難く、これを返送する旨記載されており、右記載よりすると、右返送行為は、申立人である同原告の同意をうることもなく同地区農地委が一方的に、同原告の異議の申立を不適法として排斥する趣旨の意思表示を含むものであることは明らかであるから、単なる事実行為にとどまらず、同原告の異議の申立を却下する旨の決定をしたものと解すべきである。

もつとも、本件の場合には、訴願庁である府農地委において、同原告から適法な訴願の提起があつたものとして、実体について判断を与えたうえ、棄却の裁決をしたことは前示のとおりであり、右裁決が適法有効なものであることはのちに本案の判断において述べるとおりであるから、これによつて、異議の申立を不適法として却下する旨の同地区農地委の右決定は取り消され、その存在を失つたものとみるべきであり、その無効確認を求める同原告の右訴えは、その意味において、不適法として排斥するほかはない。

七、被告委員会との間で裁決及び買収令書の発行(交付)の無効確認を求める原告らの訴えについて

被告委員会は裁決及び買収令書の交付の処分庁ではなく、もとよりその効果の帰属主体でもないから、右訴えは被告を誤つた不適法な訴えである。

八、第一の(1)(3)(9)(10)(15)(31)の土地に関する原告茂夫のその余の訴えについて

成立に争いのない乙三〇号証、同三二、三三号証に弁論の全趣旨を総合すると、第一の(1)(3)(9)(10)(15)(31)の土地について定められた買収計画は、意岐部地区農地委の後身であり被告委員会の前身である布施市意岐部地区農業委員会において昭和二七年二月八日適法に取り消して、翌日その旨公告し、その買収令書は府知事において同月五日適法に取り消して、その頃原告茂夫にその旨通知したことが認められる。右土地の買収計画の取消し及び無効確認、買収令書の交付の無効確認を求める同原告の訴えは、訴訟の対象となる行政処分がすでに消滅しているから不適法であり、右買収計画に対する異議却下決定、裁決の無効確認を求める同原告の訴えも、原処分が取り消された以上その利益を欠き不適法である。

(本案の判断)

第一、買収計画の取消しを求める原告茂夫の訴えについて

意岐部地区農地委が原告茂夫所有の第一土地((1)(3)(9)(10)(15)(31)の土地を除く。以下同じ)について、同原告主張のとおりの買収計画を定めたことは当事者間に争いがない。そこで、以下同原告の主張する違法原因について判断する。

(一)  死者買収の主張について

第一土地の買収計画にその所有者として表示された吉田正四郎がすでに昭和一四年に死亡しており、右土地は家督相続により原告茂夫の所有となつていたことは当事者間に争いがない。

しかし、死者を相手方として買収処分をすることは無意味であり、成立に争いのない乙四、六号証によると、意岐部地区農地委もすでに死亡した吉田正四郎という特定の個人の個性を重視して正四郎の名義を表示したのではなく、その相続人である原告茂夫にその効果を及ぼさしめる意図のもとに、そのような表示をしたものであることが認められるし、また一面では、死亡を原因とする家督相続の場合には所有者の被相続人の氏名を表示しただけでも、相続人が法定されており、被相続人の死亡という客観的な事実とあいまつて、何びとが所有者として買収計画の相手方とされているかは特定できているわけである。また、原告茂夫としても、前示のとおり本件買収計画に異議、訴願をして実体についての判断を与えられているのであるから、買収計画に所有者を吉田正四郎と表示されたことにより、同原告の権利ないし利益が侵害されたとは認められない。結局本件買収計画は、同原告を本件土地の所有者とし、同原告からこれを買収するために定められたものとして適法であり、右のような所有者名義の表示上のかしは、本件買収計画の取消原因とするに足らないと解するのが相当である。

のみならず、本件の場合、買収令書において、その名あて人を吉田正四郎相続人吉田茂夫と表示されていることは当事者間に争いがない。右表示が買収計画上の所有者と全く無関係の者を表示したのではなく、買収計画の表示上のかしを補正する趣旨でなされた適法なものであることは、前判示に照らして明らかであり、これによつて買収計画の所有者名義の表示上のかしは治ゆされたというべきである。

同原告の右主張は理由がない。

(二)  原告茂夫の自作地が含まれているとの主張について

第一土地に原告茂夫の自作地が含まれていることをうかがわせる証拠はない。証人奥野常吉、同北野嘉三郎の各証言に弁論の全趣旨を総合すると、第一土地はいずれも被告ら主張の小作人らが(第一の(35)の土地についても何びとかが)賃借権にもとづいて耕作していた小作農地であることが認められる。

(三)  自創法五条五号に関する主張について

自創法五条五号にいう「近く土地使用の目的を変更することを相当とする農地」であることは、取消訴訟であつても、原告においてこれを具体的事実にもとづいて主張立証しなければならないのに、原告茂夫はこれをしないから、右主張はその自体失当である。

(四)  不在地主でないとの主張について

原告茂夫が本件買収計画当時農地調整法一七条の二、三項にもとづいて設けられた布施市長瀬地区農地委員会の地区内にある同市足代町二丁目三四番地に居住していたことは当事者間に争いがない。同原告は同法条による地区農地委員会は自創法四八条にいう地区農地委員会にあたらないと主張するが、自創法は農地委員会の設置、組織、運営についてはなんらの規定するところなく農地調整法の規定にこれをゆだねていたこと、昭和二六年法律第八九号による改正後の自創法四八条が「農業委員会法第二条第二項の規定により二以上の市町村農業委員会が置かれている市町村」と明定していることからみて、右改正前の同法条にいう地区農地委員会も、同法条により別に設置される特殊な農地委員会をさすものではなく、農地調整法一七条の二、三項により置かれる地区農地委員会をいうものと解せられるから、同原告の右主張は採用できない。また、自創法三条一項一号は、自創法制定後に行政区画の変更、新たな地区農地委員会の設置、あるいはその地区の変更があつた場合も、これによつて不在地主となつた者の小作地保有を許さず、これをすべて買収することとしているものと解せられるから、同原告が長瀬あるいは意岐部地区農地委員会の設置前から前記住所に居住していたとしても、右地区設定後は意岐部地区農地委の地区内にある第一土地を不在地主所有の小作地として買収することを妨げない。

次に同原告は、右住所地は意岐部地区に準ずる地域内にあると主張するが、自創法三条一項一号、四八条は、甲地区農地委員会の設けられている地区内に住所のある地主が、隣接する乙地区農地委員会の地区内のうち、準区域として指定された地域内に所有する小作地について在村地主となることを認めるものであるにとどまり、逆に右準区域内に住所のある地主が乙地区の準区域として指定されていない甲地区内に所有する小作地の在村地主となることまでを認めたものではないから、同原告の右主張はそれ自体失当である。なお、第一土地の在る地域を長瀬地区の準区域に指定すべき事情の存在することについてはなんら主張立証がないから、右指定をしなかつたことを違法とすることはできない。

(五)  面積相違及び対価に関する主張について

農地の土地台帳上の面積を表示して定められた買収計画は、その面積が実面積と相違する場合であつても、買収する農地の特定に欠ける点はない。原告らの主張するところは、要するに対価の額の不当を攻撃するものであるとも解せられるが、そのような不服については別に自創法一四条の訴えが認められている趣旨からみて、対価の額に違法があつても買収計画の効力には影響を及ぼさないと解せられるから、原告らの右主張はそれ自体失当である。

(六)  手続上の違法に関する主張について

(1) 買収計画

成立に争いのない乙九号証、文書の方式及び趣旨により真正に成立したと認められる乙一、二号証、同八号証に証人石田要延の証言を総合すると、次のとおり認められる。

(イ) 第一の(2)、(4)ないし(8)、(11)ないし(14)、(16)ないし(30)、(32)ないし(34)の土地の買収計画は、意岐部地区農地委が昭和二二年四月二八日の会議で、乙二号証の買収計画書にもとづいて審議し、これを定めた。

(ロ) 第一の(35)の土地の買収計画は、同地区農地委が、同年七月二〇日の会議で、乙九号証の買収計画書にもとづいて審議し、これを定めた。

右買収計画書には、それぞれ買収すべき農地の所有者として原告の氏名及び住所が、買収すべき農地として別紙第一物件表記載のとおり本件土地の所在、地番、地目(土地台帳の地目と現況)及び面積が、その買収の対価、買収の時期とともに具体的に記載されていて、これらの事項が右審議の対象とされた。

以上のとおり認められる。成立に争いのない甲四号証(証人西本道円の証人尋問調書)の供述記載も、第一の(35)の土地について右記載のあつたことを認める妨げとならず、他に認定に反する証拠はない。

以上のとおり認められ、右事実によると、本件買収計画はいずれも自創法六条二項所定の買収計画事項の全部について同地区農地委の審議議決を経ていることが認められる。また、買収計画書に、計画が議決にもとづくものである旨を記載することもしくは議決に関与した委員が署名押印することは、法律の要求するところではないから、これを欠いても買収計画書ないし買収計画樹立の手続が違法であるとはいえない。

(2) 公告について

公告は、買収計画の表示行為であるから、市町村農地委員会が買収計画を定めたときは、その代表者である会長がその権限においてこれをなしうるものというべく、これにつき委員会の特別の議決を要するものではない。また、公告の内容は単に買収計画を定めた旨表示されておれば足り、買収計画の具体的な内容は縦覧書類に表示されるから、公告にこれを掲げる必要はない。そして、文書の方式及び趣旨により真正に成立したと認められる乙三号証、作成日付の部分については文書の方式及び趣旨により真正に成立したものと認められその余の部分については成立に争いのない乙一〇号証に証人石田要延の証言を総合すると、同地区農地委は前記買収計画を定めた都度、その翌々日に買収計画をその回数により特定して表示し、その計画書(縦覧書類)の縦覧場所とその期間を記載した同地区農地委名義の文書(乙三号証、一〇号証と同一内容のもの)を公示して、買収計画を定めたことを公告したことが認められるから、本件公告はいずれも自創法六条五項所定の要件をみたしている。従つて右公告に同原告の主張するような手続上のかしはない。

以上のとおり、第一土地は不在地主の所有する小作農地であるから、意岐部地区農地委がこれを自創法三条一項一号により買収することとしたのは相当であり、その買収計画樹立の手続にもなんら違法の点はないから、右買収計画は適法であり、その取消しを求める原告茂夫の右訴えは理由がない。

第二、買収計画の無効確認を求める原告茂夫の訴えについて

第一土地の買収計画に取消原因となるかしさえ存在しないことは前認定のとおりであるから、右買収計画に無効原因となるかしの存在しないことは明らかであり、同原告の右訴えは理由がない。

第三、買収計画の無効確認を求める原告健三の訴えについて

楠根地区農地委が原告健三所有の第二土地について、同原告主張のとおりの買収計画を定めたことは当事者間に争いがない。そこで、以下同原告の主張する右買収計画のかしの存否について判断する。

(一)  農地でないとの主張について

原告健三は、第二土地のうち、具体的にどの土地が宅地あるいは工場敷地であるかを主張立証しない。杉山合市郎の被告委員会承継前の被告楠根地区農業委員会代表者本人としての尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、第二土地は被告ら主張の小作人らが賃借権にもとづいて耕作していた小作農地であることがうかがえるのであつて、同原告の右主張は理由がない、

(二)  自創法五条五号に関する主張について

具体的事実にもとづく主張立証がないから、右主張は採用できない。

(三)  不在地主でないとの主張について

成立に争いのない乙一九号証(異議申立書)、同二一号証(同決定書)、同二二号証(訴願書)、同二三号証(裁決書)には、原告健三の住所が布施市足代二丁目三四番地(注、原告茂夫と同一場所)と記載されているが、たとえ原告健三の住所が右記載の場所であつたとしても、楠根地区農地委の地区外であることはさきに認定したとおりであるから、同地区農地委が同原告を不在地主と認めたのは当然である。また、第二土地を長瀬地区の準区域に指定しなかつたことに重大かつ明白なかしのあることについてはなんら主張立証がないから、その指定のなかつたことは右土地の買収計画の無効原因とはならない。

(五)  面積相違及び対価に関する主張について

右主張の理由のないことは、さきに原告茂夫の買収計画取消しの訴えについて述べたところと同一である。

(六)  手続上の違法に関する主張について

成立に争いのない乙一六、一八号証、文書の方式及び趣旨により真正に成立したと認められる乙一七号証、証人山下輝太郎の証言を総合すると、次のとおり認められる。

第二土地の買収計画は楠根地区農地委が昭和二二年四月三〇日の会議で乙一七号証の買収計画書添付の物件表(表紙を除いた部分)にもとづいて審議し、これを定めた。右物件表には、買収すべき農地の所有者の氏名及び住所、買収すべき農地の所在、地番、地目(土地台帳上の地目と現況)及び面積、買収の対価、買収の時期が具体的に記載されていて、これらの事項が右審議の対象とされた。

同地区農地委は、同月二九日から数日間同委員会の掲示板に、同委員会が定めた第二回買収計画書を同年五月一日から一〇日まで同委員会において縦覧に供する旨を記載した同地区農地委名義の文書(乙一八号証と同一内容のもの)を掲示して、本件買収計画を定めた旨を公告した。

以上の事実が認められる。右認定の事実によると、右公告は買収計画樹立の前日になされており、公告の日には買収計画がまだ定められていなかつたことが明らかであるが、右かしは、翌日買収計画が樹立されたことにより治ゆされたものと解するのが相当である。第二土地の買収計画書ないしは買収計画樹立の手続、公告の手続に他に違法の点のないことは、原告茂夫の買収計画取消しの訴えについて述べたところと同一であり、右土地の本件買収計画の手続に無効原因となるかしはない。

以上のとおり、第二土地の買収計画に原告健三の主張するような無効原因となるかしは存在しないから、その無効確認を求める原告健三の訴えは理由がない。

第四、異議却下決定の無効確認を求める原告らの訴えについて(原告茂夫は第一の(35)の土地関係のみ)

(一)  本件買収計画に無効原因となるかしのないことは前示のとおりであるから、これを維持して原告らの異議を却下した本件異議却下決定も、その内容において無効原因となるかしの存在しないことは明らかである。

(二)  手続上の違法に関する原告らの主張について

(1) 成立に争いのない乙一三号証、文書の方式及び趣旨により真正に成立したと認められる乙一一、一二号証によると、原告茂夫の第一の(15)の土地に関する異議申立については、意岐部地区農地委において、昭和二二年八月五日の会議でこれを審議して、自作地が含まれておれば、後日買収計画より除外することとし、同原告の異議の申立を却下する趣旨の決議をし、これにもとづいて同月九日同委員会長名義で同原告の異議の申立を却下する旨を記載し、自作地が含まれておれば後日調査して買収計画より除外するとの趣旨を付記した決定書(乙一三号証)を作成して、その謄本を同原告に送付し、同月二一日、第一の(35)の土地とともに買収計画及び異議の対象とされていた同原告所有の布施市高井田東三丁目七番地田二反一畝一三歩のうち第一の(35)の土地の部分を除く三畝歩を自作地と認めてその買収計画を取り消す旨を同原告に通知したことが認められる。

(2) 成立に争いのない乙一九、二一号証、文書の方式及び趣旨により真正に成立したと認められる乙二〇号証によると、原告健三の異議申立については、楠根地区農地委において、昭和二二年六月五日の会議でこれを審議して却下する旨の議決をし、これにもとづいて同日同委員会長名義で異議を却下する旨とその理由を記載した決定書(乙二一号証)を作成して、その頃その謄本を同原告に送付したことが認められる。

(3) 右認定の事実によると、各決定書の内容と議決との間に不一致はなく、決定書には特別の形式を要するものではないから、右各決定書に右認定のような記載がある以上、審判書といえる外形を備えない違法があるとはいえない。なお自創法七条三項の異議の申立についての決定にも、その性質上理由を付することが望ましいのはいうまでもないが、たとえ理由を付さなければ違法であると解するにしても、本件の場合はのちに判示するとおり訴願の裁決に理由が付されているのであるから、これによつてこのかしは治ゆされたと解すべきである。また、決定書の作成、その謄本の送付は会長名義をもつてしてもさしつかえなく、これをもつて会長の単独行為または単独決定の通知にしかすぎないとの原告らの主張は採用できない。

(三)  以上のとおり、第一の(35)の土地について原告茂夫に対し、第二土地について原告健三に対してなされた本件異議却下決定に無効原因となるかしはないから、その無効確認を求める原告らの右訴えは理由がない。

第五、裁決の無効確認を求める原告らの訴えについて

(一)  本件買収計画に無効原因となるかしのない以上、これを維持して原告らの訴願を棄却した本件裁決の内容に無効原因となるかしはない。

(二)  手続上の違法に関する原告らの主張について

成立に争いのない甲三号証、乙五、六号証、同一四号証、同二二ないし二四号証、同二六ないし二八号証の各二を総合すると次のとおり認められる。

(1) 原告茂夫の第一の(1)ないし(34)の土地の訴願、原告健三の訴願については、府農地委において昭和二二年六月二五日の会議でこれを審議して棄却する旨の議決をした。

(2) 原告茂夫の第一の(25)の土地の訴願については、府農地委において同年九月二三日の府農地委の会議でこれを審議して棄却する旨の議決をした。

(3) 右各議決の都度、これにもとづいて、同委員会長大阪府知事赤間文三名義で、訴願を棄却する旨とその理由を記載した裁決書(乙六、一四、二三号証)を作成した。

以上のとおり認められる。原告らは主文について議決があつたにすぎず、理由についての審議を欠くと主張するが、前認定のとおり原告らの訴願を審議し、棄却の議決がなされている以上、その理由についても審議されたものと推認するほかはない。議事録(甲四号証、乙二四号証)ではこの点が明確ではないが、議事録としては裁決の結論のみを記載すれば足りるのであるから、議事録に記載がないからといつて、裁決の理由について審議を経なかつたとすることはできないし、他に右認定をくつがえし、理由についての審議がなかつたと認めるに足りる証拠はない。次に会長は裁決をした会議の議長としてではなく、府農地委の代表者としての資格で裁決書を作成するのであるから、会議に欠席し議事に関与しなかつた場合でも出席者の報告等にもとづいて裁決書を作成できないことはないし、裁決書を会長名義で作成しても違法でないことは異議却下決定について述べたところと同一である。

(三)  以上のとおり本件裁決に無効原因となるかしはないから、その無効確認を求める原告らの訴えは理由がない。

第六、買収令書の交付(買収処分)の無効確認を求める原告らの訴えについて

(一)  本件買収計画に無効原因となるかしがない以上、本件買収令書の交付にも無効原因となる実体上のかしはない。

(二)  手続上の違法に関する原告らの主張について

(1) 承認

市町村農地委員会は、その定めた買収計画につき自創法八条の定めるところに従い都道府県農地委員会の承認を受けなければならないのであるから、買収計画樹立の議決をした以上、その承認申請をするについて特別の議決をする必要はない。また同法条にいう「裁決があつたとき」とは、裁決書送達のときではなく、裁決の議決があつたときと解すべきである。成立に争いのない甲一号証、乙二五号証によると、第一の(2)、(4)ないし(8)、(11)ないし(14)、(16)ないし(30)、(32)ないし(34)の土地(原告茂夫関係)及び第二土地(原告健三関係)の第二回買収計画は昭和二二年六月三〇日の、第一の(35)の土地(原告茂夫関係)の第三回買収計画は同年九月二八日の府農地委の会議で承認の議決がなされたことが認められ、いずれも前認定の訴願裁決の日以後になされたものであることが明らかであるから、右議決に違法はない。次に前示乙二八号証の二、作成日付の部分については文書の方式及び趣旨により真正に成立したものと認められ、その余の部分について成立に争いのない乙七号証、一五号証、証人石田要延、同山下輝太郎の各証言を総合すると、府農地委は本件買収計画の承認の都度、会長名義で申請どおり買収計画を承認する旨の意岐部あるいは楠根地区農地委あての承認書を作成し、約二週間後に右各地区農地委にこれを送付したことが認められる。承認書を会長名義で作成できることは公告について述べたところと同一であり、承認書送付の日が買収期日後であつてもこれによつて買収処分が違法となるものではない。従つて承認の手続が違法であるとの原告らの主張はすべて理由がない。

(2) 買収令書の発行

原告らの主張(イ)(ロ)の点は立証がないから採用できない。

同(ハ)の点について

買収令書の交付が買収の時期から多少おくれて行われたとしても、その効果を買収の時期までさかのぼつて発生させることも不可能ではなく、特にこれを禁じた規定もないから、買収令書の発行交付が買収の時期よりおくれたというだけで買収処分を違法とすることはできない。右主張はそれ自体失当である。

同(ニ)の主張は立証がないから採用できない。

同(ホ)の主張が理由のないものであることは、さきに、原告茂夫の買収計画取消の訴えについて第一の(一)に判示したとおりである。

(三)  以上のとおり、本件買収処分に原告らが主張するような無効原因となるかしは存在しないから、その無効確認を求める同原告らの右訴えは理由がない。

(結論)

以上のとおりであるから、本件訴えのうち不適法なものはこれを却下し、その余の部分はいずれも失当として原告らの請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 前田覚郎 平田浩 野田殷稔)

(別紙物件表省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例